金魚掬い

 高橋愛ちゃんは掬う器に水も入れずに金魚を掬い始め、その癖水の無い状態でピチピチと苦しそうにする金魚を見て「かわいそ!かわいそ!」と叫び、挙句に掬う金魚は皆死にかけの弱った金魚ばかりだったらしい。高橋のこういうズレたエピソードを聞くとが猛烈に愛しくて仕方がなくなってくるんだが、実際に近くにいたらどうしようもなく疲れる人間のような気もする。梨華ちゃんとかあややにしてもそうなのだが、テレビやラジオで見たり聞いたりするからかわいいなぁかわいいなぁと無責任に思えるわけなのであって、もし私と梨華ちゃん代ゼミで浪人している浪人生だったとしよう。梨華ちゃんは私の一個年上なので二浪だ。二浪の梨華ちゃんは英語が出来ない。先日のマーク模試の結果を私に見せながら「アハハ、15点だって。チョーウケル。ね?一見何点満点なのかワカンナイよねこんなの、チョーウケル」と梨華ちゃんは笑う。梨華ちゃんは英語ばかりでなく、理科にしろ社会にしろ偏差値40を割るような成績なのだが、英語に関しては更に悪く、偏差値30を割りそうな勢いなのだった。私は見せつけられた梨華ちゃんのマーク模試の結果を直視することができずに「まあ大丈夫だよ、センター本番まであと160日もあるじゃん。梨華ちゃんなら大丈夫だって、仮にセンター失敗したとしてもさ、絶対上智行けるよ!」と励ますと、梨華ちゃんはニコニコしながら「ねえ?行けるよね?センターなんてさ、オカシイもんね?あんなのでさー私達の価値を測られたくないのよね、やっぱ私大とか国立二次とかのさー、ああいう記述式の問題じゃないと真の実力はワカンナイわよね」と必死にマークの成績が悪い自分に対して合理化を図る。私は梨華ちゃんの記述模試の成績が大体どの教科も偏差値40前後をウロウロしていることを知っているので「そうだよ!やっぱマークじゃだめだよ!記述にしたって今の時期の偏差値とか判定が難だって言うんだよ!な!梨華ちゃん!君は絶対に上智に受かるよ!」などと無理矢理梨華ちゃんを励ますようなことを言うのだが、梨華ちゃんはそれを真に受けて歌うように言う。「そうよね!私絶対上智に受かるわ!」私も後には引けなくなってきたので続ける。「そうだよ!絶対受かるよ」「そうだわ!私は絶対にAYAKAさんの後輩になるのよ!」「そうだよ!AYAKAさんの後輩になっちゃえよ!入学祝にポルシェとか買ってもらっちゃえよ!」「そうよね!そうするわ!夢の大学生活だわ!こんな成績なんて忘れてポジティブに行かなきゃ!」「そうだよ!この時期の成績なんてうんこみたいなもんさ!みんな悪くて当然なのさ!それは固い固いうんこさ!下手に踏ん張ると痔になっちゃいそうなうんこだよ!特に浪人は悪いもんだよ!二浪なら尚の事だよ!全然気にする必要なんてないさ!」「そうよ!そうなのよね!二浪万歳だわ!」「そうだよ二浪万歳!いいな二浪!僕も二浪になりたい!」「いいでしょう!ざまーみろよ!一浪なんてダサイわ!二浪からが本当の浪人なのよ!二浪にあらずんば人間にあらずよ!」いい加減私は疲れてしまって「まあそういうことでお互い頑張ろう」と話を締めくくろうとするのだが、梨華ちゃんは突然思い出したように「ねえ、貴方の成績はどうだったの?」と尋ねてくる。私はドギマギしながら「いやまあなんていうか、そんなに良くないよ」と口篭もる。梨華ちゃんは首をかしげながら「良くないって偏差値にするとどんぐらい?」と更に追求する。私は自らの自尊心を傷つけながら「いやまあ40行かないぐらいだよ」と応える。梨華ちゃんは嬉しそうに「やっぱね、あんたもそんなもんよね」と言って、英語の勉強法や正しい暗記の仕方、良い息抜きの方法などを懇切丁寧に私にレクチャーしてくれる。私はそれを「それはすごい!目からうろこだ!」とか「さすが梨華ちゃん!二浪は格が違うね!」などと言いながら聞き流し、梨華ちゃんが自分のプライドを最高まで満たすと「じゃあ私勉強しなきゃいけないから帰るわ、あんたもせいぜい頑張りなさいよ」とか言って勝手に帰ってしまう。私は梨華ちゃんが帰ってしまうと、ふぅと大きなため息をついて、机の中に隠していたマーク模試の結果を見てにやにやとする。全教科偏差値75!全大学A判定!僕の未来はバラ色だ!
 そういう夢を見た。