泣いちゃう、僕、泣いてしまう

 畜生畜生、俺も来年は大学に行くからな待ってろよ。畜生、楽しそうだな。悔しい。滅茶苦茶悔しい。俺の今の状況はどうなってるんだ。昼飯は一人で食う。休憩時間は個人ブースに顔をつっこんで極力周りとふれあいを断ち切って速単を読む。未だに必修編を繰り返す。そうしている内に隣の隣あたりから女の子同士のトークが聞こえてくる。俺も参加したい参加したい参加したい。鼻の下をビローンと伸ばして「今日の一橋数学の問題できた?2番難しくない?」「えっ、あれパターン問題だよ」そんな会話でもなんでもいいからしてみたい。馬鹿にされてもいい、キモがられてもいい。そう思ってはいるものの実際は頭に入ってこない速単を見つめているだけで何の行動も起こせない、隣のちょっと根暗そうな男にも話し掛けられない。そうこうしている内に20分の休憩を無駄に過ごす。そうしたらテレビで授業が始まる。ヘッドホンを付ける。いかにも予備校の教師ですよ僕はプロですよどうだ俺かっこいいだろ「俺は無駄なこと言わないからね」を口癖のように繰り返す教師。お前はその言葉の孕む矛盾に気づいていない時点でダメだ。しかし授業は分かりやすいので思わず集中する。私は花粉症ゆえに鼻水が出る。でも個人ブースだからなんとなく鼻をかみにくい。鼻をかむと「あいつ鼻水かんでるよ、超キモイ」と、同じコースの娘に思われてしまいそうで怖くて怖くて鼻水をかむことができない。仕方が無いからティッシュをこより状にして鼻に突っ込む。不覚。あまりにも不自然にでかいくしゃみが出る。飛び散る唾液及び鼻水、俺は半分泣きそうになりながら唾液と鼻水でぐしゃぐしゃになったノートをティッシュで拭く、するとさっき書いた赤ペンの文字がにじんで広がる。ノートを基本的に綺麗に取る自分としてはそれが耐えられなくて苦しくてもういやになってくるんだけどなんとか耐えながらノートを取る。それでもやっぱり鼻水が出るので同じ過ちを犯さないように今度は鼻水を一生懸命にすする。ズーッズーッ、と鼻をすする音が個人ブース教室に響き渡る。恥ずかしくなる。いっそ鼻をかんでしまえばいいと思うのだがなんとなく気恥ずかしくて出来ない。同じコースの娘にキモイと思われる。超悪循環。俺はティッシュを指にグルグルグルと巻きつけるとそれで鼻をほじくるようにして鼻水を掻き出す。このシーンを見られたら鼻をかんでるどころの話じゃなく「キモイ」と言われるのは分かりきっているのに、そんな行動をとってしまう。俺はなんて自意識過剰なんだ。そうこうしている内に90分の授業が終わる。ヘッドホンを外す。頭を触るとヘッドホンの跡がくっきりとついているのが分かる。恥ずかしい。またしても気恥ずかしくて頭を掻き毟る。当然フケがウバーッと出る。焦る。こんなところを見られたら同じコースの娘に「うわっ、コイツ超フケ出てる超キモイ」と思われる。困る。机の上に散らばっているフケを集めていると鼻がムズムズしてくしゃみをする。唾が飛び散る。当然のようにフケも飛び散る。泣きそうになる。ティッシュでテレビ画面に飛び散ったツバを拭く。俺の後ろを同じコースの娘が通る。なんだか軽蔑の眼差しで見られた気がした。俺はもうだめだ。もう絶対だめ。同じコースの娘に嫌われた。絶対に嫌われた。俺はもう生きてる価値ないじゃん、どうしよう自殺しようかな、畜生、予備校はなんて辛いんだ。俺はそんな風に自己を否定しながらブースの教室を出る。教室を出る際には座席のプレートを返して、引き換えに入室したときに渡した自分の身分証明書を返してもらうんだが、その受付をするのはお姉さん。お姉さんはぶっきらぼうに「お疲れさまでした」と言う。俺は「いえいえ」と言おうとして、でもどもってしまって「うほうほ」みたいなことをブツブツと呟いて身分証明書をひったくるようにしてその女の手から奪い取ると教室を逃げるようにして飛び出した。この女にも嫌われたなと思って、辛すぎて一人で食べるお昼の弁当が喉を通らない。とかなんとかいいながらむさぼるように食う。一人で食べる寂しさゆえにものすごいスピードで食う。当然むせる。むせると咳き込む。咳き込んだら鼻から鼻水まみれのご飯粒が出てくる。そのご飯粒を見つめながら、僕は呟いた。「これはもうだめかもしれんね」