すごーいすごーい

 昨日のいいともに矢口さんが出ていたので、私は「あー矢口は最近よく出てるよなぁ、モーニング娘。は矢口にとって足枷でしかなかったのかなぁ、小栗かなぁ、小栗のちんぽすっごいのかなぁ、でもやっぱ仮性包茎なんだろうなぁ」と思いながら矢口さんが「145センチです」と言って、周りから「いやー、ちいさーい、かわいー」とか言われているのを、ほとんど侮蔑的な視線で眺めていたのだけど、その日のいいともの企画はマジックで、あーこれはいかんな、絶対すごーいを連呼するな矢口さんは、と思っていたら予想通り「すごーい」と何度も言ってくれたので、なんかそれは逆にすがすがしくてワハハと快活且つ狡猾に笑いながらテレビを見ていたのだけど、姉が「最近よく出るね、この人」とか言って矢口を指差すので、それに対して思わず「すごいよね」と返してしまった自分がなんだか情けなくて、俺は矢口以下だと思うと悲しさなんかどうでもいいような気がして来て、昼飯のざるそばをズルズルとすすっているとツユの底に溜まっていたワサビの固まりを飲みこんでしまって、辛いなァ辛いなァと思って、僕は泣かないぞ、矢口さん以下だということが分かったって僕は泣かないんだとか思ってても、どうしようもなくて、少し涙が流れる。テレビを見ると矢口さんが涙で歪んで見えた。すごーいすごーい。矢口さんが歪んで見える。すごーい。小栗のちんぽすごーい。
 夜になって芸人のカラオケとかいうつまらない番組をやっていて、姉は典型的なお笑いブームファンで、且つアンガールズファンなのでゲラゲラ笑いながらそれを見ていて、私は別にそんなつまらない番組を見たくもないのに見ていて、でもヒロシの「まだその人に会ってないのに、椅子にかかってるコートを見ただけで好きになる」というネタはこの上ない共感を伴って私に迫ってくるので、つまらんつまらんと言いつつご飯を食べ終わってもしばらくそれを見ていたら、実は矢口さんが審査員か何か知らないが出ていて、マイクをつけていなかったのか、口は「すごーい」と動いているのだけど声は聞こえなくて、矢口さんが何度もリップシンクのような感じで「すごーいすごーい」と口をパクパクやっている様を見て、やっぱり僕は矢口さんよりはなんぼかマシなのではないかなと思って、コップに少しだけ残っていた麦茶を飲み干すと部屋に帰ってタンポポの1stを聴いて、ワチゴナドゥワチゴナドゥ。まったくもってセンチメンタル南向きだなどと思って、速単をペラペラやってたら寝た。
 そうしたらこんな夢を見た。時計がゴーンゴーンゴーンと3回鳴って、ああgone gone goneだ全ては過ぎ去るのだと思って、机の上に広げてあった早稲田と慶応の赤本をパタンと閉じると、「すごーい」という声が聞こえてきて、あれこの声は一体どこから聞こえるのだろうと思って周りをキョロキョロ見渡しても当然何も無く、最も驚いたことには私は何故か精神と時の部屋に居て、どうりで暑くて身体が重いはずだ、精神と時の部屋は過酷な環境だからな、などと自分が少し肥満気味であることを棚に上げて、うんうんと納得していたらまた「すごーい」と聞こえたので、私はいよいよこれはどうしたものかな、と思って腕を組んで、今度は東大の青本をペラペラとやっていると、「すごーいすごーい」と2度続けてその癪にさわる声が聞こえてきたので、なんだか私は耳の周りに蚊が飛びまわっているかのようなうざったさを感じて、「どこだ!お前はどこに居る!」と叫びながら精神と時の部屋の中を走り回った。10歩ほど走り回ると疲れてきたのでその場にどかっと腰を下ろして「矢口さーん、矢口さーん」と叫ぶ方針に切り替えた。そうするとそれに応えるかのように少し遠方から「すごーい、すごーい」と聞こえてきたので、また「矢口さーん矢口さーん矢口さーん」と叫んで見たら、今度はもうちょっと近くから「すごーいすごーいすごーい」と聞こえてきて、私はなんだか嬉しくなって、「矢口さーん」と「すごーい」というやりとりを22遍ほど繰り返すと、そろそろ勉強しなくっちゃと思って、勉強机について、立教の赤本をパカッと開けた。開けたらその中にちょっとやつれた矢口さんがいて「すごーい、立教とかすごーい」と言ったので慌てて立教の赤本を閉じると、早稲田の赤本を取ってそれもパカッと開けてみたらこっちにもやつれた矢口さんが入っていて「すごー」と言ったところで慌てて本を閉じると、本棚に収めてある色んな大学の赤本から、くぐもった声で「すごーいすごーい」というセンテンスが聞えてきたので、私はもう止めてくれ!という心境になって、持っていた全ての赤本をベッドの上に積み重ねると、それに蚊取り線香で火を着けた。断末魔の「すごーい!すごーい!」が聞こえて、私は耳を塞いだのだけれども、一度耳にしたその「すごーい!すごーい!」という声は私の鼓膜を延々と振動させる気がして、気が狂いそうになった私は机の上に置いてあったドクターグリップでめちゃくちゃに両耳の鼓膜を破った。鼓膜を破っても、延々と「すごーい!すごーい!」とリピートされるので、多分僕の聴覚の神経が矢口さんのそのものになっているんだという確信を得て、耳に指を突っ込むと神経をズルズルと引きずりだして、それを見た。やつれた矢口さんが幾層にもなって連綿と連なっていた。その内の一人と目が合って、その矢口さんは一際大きな声で「すごーい!」と叫んだので、私はそれを握り潰した。そして私も一寸「すごーい」と呟いてみた。