ちょっと思い出したりしてみた

 夜中に喉が乾いて台所に行くと90%ぐらいの確立でゴキブリが居るんです。電気をつけるとシャカシャカシャカという足音が聞こえそうなぐらい何匹ものゴキブリが、一斉に奥まったところへ隠れようとするんです。日常的に私達一家はこんなにもたくさんのゴキブリと生活を共にしているのかと思うとぞっとしないものを感じるのだけど、最近では夕方なんかにも比較的堂々と「俺はゴキブリだよ、どうだキモイだろ、伊達に生物の図表に載ってないんだぜ」見たいな顔して出てくるので、怒りを抑えることが出来ないのだけど、だからと言ってスリッパで叩き潰すわけにもいかない。スリッパで叩き潰すと卵が飛び散るらしいという話を聞いたからなのだけど、そもそもゴキブリは死の危険を感じると卵を産むという話もある。じゃあどうやって殺せというのかと私は腹立たしい気持ちになるのだけど、最近のゴキブリはゴキアースジェットを使ってもなかなか死なない。一説には洗剤を薄めた液が一番効くから、霧吹きに入れて作っておくといいなどという話も聞きますが、じゃあ何故ゴキアースジェットとか作っている方はそういう商品を作らないのか。理解に苦しむというか、本当に腹が立ってくるのだけど、だからつまりはゴキブリが出たら私は何も行動を起こさずに「飛ぶなよ飛ぶなよ」と思いながらその場から立ち去る、臭いものにはフタをしろ的な消極的な対応しかできないのだけど、というのも、それはそもそもゴキブリの卵云々というデリケートな問題だけではなくて、それにはもう一つ少しだけナイーブな問題があって、先日台所ではなく自室にゴキブリが出て、さすがに自室にゴキブリが出たとなると臭いものにはフタをしろも何も、自分はそこで今後も生活を営み続けなければならないのであるから、その場から立ち去るなどという恐ろしいことは出来なくて、むしろそのゴキブリの行く先をじっと凝視して、部屋の中で安全な場所を確保するというタクティクスの方がより人間的で賢い方法であるように思うのだが、下手にベッドの下なんかに潜られると、いつそこから出てくるのかとか、もしかしてそのベッドの下で子孫を繁栄させたりしないだろうかとか、シリアスなインシデンツの想像には事欠かなくて、結局は卵なんてどうでもいいんだ俺はお前が嫌いだという心境でスリッパでゴキブリを叩き潰すわけなのだけど、叩き潰したら妙な手応えがあって、あれれと思ってスリッパを上げると、やつれてカラカラになった矢口さんがぺちゃんこになっていて「すごーいすごーい」と今にも死にそうな声で言っていた。私は大変なことをしてしまったゴキブリと矢口さんを間違えるなんて大変なことをしてしまったと思って、どぎまぎと「ごめん」と言ったら、矢口さんは死にそうな笑顔で「全然」と応えたので、うわー矢口さん超怒ってるすごーい小栗のちんぽすごーいなどと私は思って、「本当にごめん」と深刻な顔をして謝ったら「全然いいよ」ということで、なんだよ吃驚させんなよ全然の下には否定が伴うんだよ馬鹿野郎と内心思ったのだけど、ダメ押しにもう一回申し訳なさそうな顔をして「ごめんね」と言って、そのぺちゃんこになった矢口さんをティッシュに包んでゴミ箱に捨てた。ゴミ箱から「すごーいすごーい」といつまでも矢口さんの声が聞えてくるので、耐えられなくなってゴミ箱に火を放った。火が大きくなるにつれて「すごーいすごーい」という声が小さくなっていたのだけど、「アナル!」という叫びを最期に何も聞こえなくなった。私はなんだかとてもイケナイことをしてしまった気になって、その燃えカスを掻き集めると庭に埋めた。カマボコ板に「矢口さんのお墓」と書いて、その上に立ててみた。何か物足りない気がして、部屋に帰って「真理」という字を辞書で引たぞ。そこに矢口の名前足しておいたぞ。真里っぺ、アイラブユー。君の顔の輪郭はもう思い出せません。