もう10月

 現実を直視せずに楽しいことを考えよう。今日はごっちんこと後藤真希さんの二十歳の誕生日なので、どう祝ったらごっちんが喜んでくれるか色々考えてみよう。それにしてもごっちんが私の姉だった場合や、友達だった場合、又は友達の姉だった場合や、バイト先の先輩だった場合、もしくは代ゼミのチューターだった場合や、釣銭を受け取る時にふいに手が触れ合ってしまった店員だった場合など、色々と状況は考えられるので、まずは一番身近に引き付けて、ごっちん代ゼミのチューターだった場合を考えてみようと思う。状況としては私がごっちんに数学の問題を質問しに行き、ごっちんはその問題を見て「難しいねこれ、こんなんでないよ実際」とか文句を言いながら3桁の割り算に苦しんでいるという状況で、私は「後藤さん、今日は実におめでたい日ですね」と俺はごっちんの誕生日に気付いているんだぜということをアピールするのだが、当のごっちんは「そうだね、なんてったって祝日だからね、それでも私は働かなきゃいけないんだけどね、あはは」と言って笑う。私はめげずに「後藤さん、僕は22.6を二乗した数がとても好きなんです」と言い、ごっちんの反応を窺う、ごっちんは丁度500÷13の計算を終えて一息ついたところだったので、ペンを置いて手をあー疲れたという風にブラブラと振りながら「へー変わってるね」と言って眉間にシワを寄せる。私は「ええ、確かに変わっているのかもしれません、でも22.6の二乗した数に対する僕の愛は変わることはないんです、後藤さん」そう言って目をキラキラさせる。ごっちんは何も言わずに続いて二次関数の平方完成に取りかかる。「私はこれが一番苦手なんだよね」と言って苦々しく笑う後藤さんの顔はとてもキュートだった。私はごっちんが不器用にペンを走らせる様子を見て、あっそこは間違ってる、そこにはマイナスがつくんだ、ごっちんそこは間違ってるよと言いたい心を抑えて「ところで後藤さん、22.6の二乗した数というのはお分かりですか?」と尋ねる。ごっちんは「知らない」とそっけなく応える。ごっちんは平方完成に集中してしまっているのだ。私は胸が苦しくてたまらないので、悪いなと思いつつも集中しているごっちんに向って「22.6の二乗は510.76です、つまり大体510です」と言った。ごっちんは「へー、22.6の二乗って大体510なんだ、勉強になった、あはは」と言ってにへらと笑った。私は隠し持っていたケーキをそっと椅子の上に置くと、その場を立ち去る。ハッピーバースデーごっちん。僕は大体510をとても愛しています。