猫とギターと枯れたサボテン 改訂版その一

 いつの頃からだか忘れてしまったのだけれども気付いたら部屋の中に猫がいたので、私はなんとなくそれと一緒に暮らしていた。エサとかもやったことがなく、エサをくれろ、という態度を別に示しても来ないので、まあいいんだろうなと思って、しかしまことかわいくない、愛想のない猫だこと、などと思いつつ私はよく一人でキムチ鍋を食べた。ただ時折猫はもの欲しそうに私のギター、それはフェンダージャパンの安物のギターなのだけども、それをひっかいて、その度に私はすわ何事か!怪奇現象!と思うのだけども、このクソ猫の仕業であるということが分かると激昂し、叩きはしない、そりゃ動物愛護団体に怒られるから、とかそういうわけではなくて、なんとなく叩くには忍びない、彼女には彼女なりの思惑があるのだろうな、と思いつつもやっぱり激昂してしまうのは激昂してしまうので私のギターに何してくれんだコラ!と怒鳴る。猫は顔を洗う。それを見て明日は雨が降るんだなあなんて思う。
 美貴ちゃんから電話、ピリリリリと私の電話は鳴るのだけど、その鳴り方の嫌らしさというか、暴力性、バイオレンスさっつーか淫靡な感じが、まあ割と美貴ちゃんっぽいので、電話を取る前からああ美貴ちゃんからの電話なのだなと分かる。取るとやっぱり美貴ちゃんで「お前今どこにいるんだよ」とこれまたプチキレた口調で言うので「もしもし、今何時?」と尋ねると「17時に吉祥寺って言っただろうがこのクソアマが、さっさと来い」と怒られ、割と理不尽だなあ、私は今何時かと訊いているのに、まるで国鉄のようなことを言うなあ。「もしもし、こちらひとみちゃんなんですけど、今何時?」「18時だよ!時計見ろ!バカか!」とまたしても怒られ、ああやっぱりこの人は理不尽だなあ、時計なんてありゃしないよ。うちには携帯しかないのだから。しかもその携帯も今は私の手元に握られているのであって、時間なんて見れやしないのだから、まったく国鉄のように理不尽を言う子だよ美貴ちゃんは、と思い、足元に違和感。猫がぐるんぐるんと私の足にまとわりついて、物珍しそうな顔をしているので、私は屈みこみ、頭をグシグシと撫でてやるとひっかかれた。美貴ちゃんは電話口で未だ激昂。ああもう嫌だ。生きていくのがいやんなった。クソ猫はちっともかわいくないし、美貴ちゃんは怒鳴ってばかりだし、キムチ鍋は食べかけなのだよ。まだ私には色々とやることがあるのだよ。「ねえ美貴ちゃん、今ね、キムチ鍋食べてる」「分かったから早く来い」「それがねえ、キムチ鍋がまだ食べかけなんだよ、猫がひっかくし」「ああ?わけわかんねえ、死ぬか早く来るかどっちかにしろ」めんどくさくなったから電話はそこに置いておいて、とりあえずギターをケースに入れて、鍋に蓋をした。猫が玄関先でドアを見つめていた。私もつられてしばしドアを見つめてみたんだけども、別にどうってことないいつものドアだったよ。