猫とギターと枯れたサボテン 改訂版その二

 とりあえずドアを開け、外に出てみたら朝日が眩しい。あー、私ってばひきこもりなんだったのだよなあ、太陽の光とか勘弁してつかあさい、二三歩踏み出したところでちょっと挫けて部屋に戻ったらまた電話。このピリリリリという鳴り方、これはあれだな、このなんとも言えないちょっと歯切れの悪いうんこみたいな鳴り方はきっと梨華ちゃんだな、イマイチすっきりとうんこをしたぞ!という実感が得られないけれどもトイレットペーパーにはキチンとうんこが付くような感じの歯切れの悪さ、あの子もなかなか理不尽で、散々愚痴に付き合わされた挙句、大体その愚痴はどうでもいいことで、バイト先の山本さんが私に色目を使うのがフケツだとか、山本さんの手に握られているバーコードリーダーが妬ましいだとか、挙句自分の顔や性格やそもそもこの世が憎い、全てぶっこわしてやりたい、でも「私は私のことが一番好きで、よっすぃーのことは二番目に好き、だからこれから納豆を買いに行くね」などなどうるさい。いや梨華ちゃんちょっと今私はキムチ鍋を食べててねなんて言ってしまった日には家まで押しかけてきた挙句、そのまま二晩ほど居座った挙句、トイレの便座を上げっぱなしにした挙句、流し台にうんことかしたりするサイテーな女だ。私も常識がある方ではあまりないのだけれども、梨華ちゃんよりは断然社会的な人間だという自負はあって、あの女を見ると「ああ私も生きていていいんだな」と少しだけ慰められるというか、別に梨華ちゃんが嫌いとかそういうわけではなくて、それは単なる趣味趣向でしかなく、私は梨華ちゃんのことが結構好きだよ。そんなこんなで私はその電話を無視することにした。電話を無視した、となったらばやっぱり梨華ちゃんは家に押しかけて来て、またちょっと考えられないような嫌がらせをし続けることがあまりにも単純に予想され得るので、私はもう早々に家を出てしまおうと思った。できるならもうここには帰ってこない方がいいような気さえしたので、キムチ鍋に蓋をして、ギターを担ぎ、猫に「さらばだ」と言った。一応そういう風に言ってあげた。
 また再びドアを開け、外に出てみたらやっぱり朝日が眩しい、まるで夕日のように赤い、ああ朝焼けという奴だな、きれいじゃないの、猫がまた足にまとわりつくので「お前は家で待ってるんだよ、帰ってこないけどさ、私は、でも多分誰か来てくれるよ」と言って、しっかりとドアに鍵をかけた。鍵をかけた後になってコンロの火は消したっけなと不安になるのは毎度のことなんだけども、廊下から窓越しに見える枯れかけたサボテンのことを思い出して、鍵を開けてドアを開け、蛇口を捻って水を出し、そのサボテンにたっぷりのお水をあげた。サボテンはすごく喜んでいるかのように水をはじいた。サボテンにも「さらばだ」と声を掛けた。一応そういう風に声を掛けてあげといた。