猫とギターと枯れたサボテン 改訂版その三

 中野のホームで待ちぼうけ、別に誰を待っているとかそういうわけじゃなくて私は電車を待っている。三鷹行きの電車をぼんやりと待っているのだけど、どうも新宿方面の電車ばかり来るのでこれはオカシイ、もしかしたら逆なのかもしれない、と思って向かい側のホームに行ってみたら、一足お先に猫がいた。「お前さあ、家で待ってろって言ったじゃん、なんで聞いてないかなあ」私は猫に声をかけたつもりだったのだけども、目の前に立っていたサラリーマンがギョッとした顔をして「どちら様ですか」とか言うので「あんたにゃ言ってないですよ、ひとみちゃんは猫に話かけたのですよ、こんな朝早くからお仕事ですか、大変ですねえ、応援してます!ビバ!ビバ本能寺!」と返したら、サラリーマンはどっか行った。そこには猫が佇むばかりで、その猫の横顔っつーんですか、それが朝日を浴びてあまりに凛々しくて「分かった分かった、一緒に行こう」と言ってワシワシと頭を撫でた。猫は遠い遠い目をした。電車が来たので飛び乗った。私はわたわたという感じで、降りてくる人を掻き分け掻き分けどうしゃった?じょうしゃった。
 吉祥寺にはすぐ着いた。時間にして中野でお湯を入れたカップヌードルがもうそろそろできたかなあ、できたのかもしれないなあというぐらいの時間、それがつまり時間にしたら何分ぐらいか、というとまあ多分どんぐらいの時間だろうか、明智光秀が謀反を起こしたのを本能寺で織田信長が知ったぐらいのタイムラグだと思うんだけど、だから時間にすると結構長い時間かもしれんし、そうでもないかもしれぬ。美貴ちゃんはやっぱりお怒りで、改札口であからさまにプチキレたご様子で「おせーんだよおせーんだよふざけんなよでんわしてもつうじねえしふざけんなよくそやろう」と何年も前から準備していたかのような台詞をすらすらとお口になさりたので、私にはよく意味が分かなりませんでした。スタジオまでの道すがら、私はずっと左手を美貴ちゃんの右手に引かれていて、ああっ美貴ちゃんあったかいなあとか思っていたのだけども、美貴ちゃんはずっと私をなじっていた。「この遅刻魔が」「このクソ野郎、クソビッチ、バカまんこ」と度々美貴ちゃんは口にし、私がそれに賛同して「そうだそうだこの遅刻魔のクソ野郎のクソビッチのバカまんこめが!」と口にすると美貴ちゃんはその手をほどいて私の頬っぺたをしたたかに殴った。やっぱり美貴ちゃんの手はあったかかった。殴られた頬っぺたがジンジンするのがとてもとってもあったかかった。うんうんと頷いていると美貴ちゃんは唐突に足を止め、「着いたよ」とぶっきらぼうに言った。私も足を止めて美貴ちゃんの顔をしっかり見ると、美貴ちゃんつーのは実に整った顔をしていて、いつもいつも仏頂面でムスッとしているのだけども、ここぞという時はまるで女優さんかアイドルかソープ嬢のようにきれいな表情をする時があって、私はそれが好きで美貴ちゃんの言いなりになっているようなものなんだけど、とりあえず美貴ちゃんの言うことは大体いつもいつもよく意味が分からないので「何が?」と言った。美貴ちゃんはがっかりしたような変な顔をして、私はその表情が虫唾が走るぐらい嫌いなんだけども、とりあえずまあそういう顔をして「スタジオだよ、バーカ」と言って、スタスタと階段を下りなさった。猫も下りた。あ、お前居たんだと思って、私は猫の後をついてった。