猫とギターと枯れたサボテン 改訂版その四

 階段を下りてコカコーラの500ml缶を買っていたら美貴ちゃんに蹴られた。曰く、いい加減にしろとのことで「何が?猫?ごめんね、家に居ろっつったのに着いてきちゃってさ、まあかわいいもんじゃない、猫だし、大目に見てよ、ほら、猫に小判って言うし、豚に真珠はなんつーか、はあ?お前バッカじゃないの豚の癖にとか思うけどさ、猫に小判ならまあかわいいもんじゃない」「お前はブタだよ」「何が?どういう意味で?メス豚的な?そういった意味合いの?アレですか、歯に衣着せぬ的な、とりあえずコーラ飲んでいい?」「分かったから早くして」と美貴ちゃんはまた私の手を引っ張ってスタジオイン。スタジオん中は飲み物禁止だよ、ほらここペンタじゃないし、ノアだし、怒られるよ、怖いよ店員さん、マジで、あいつらスタジオの規律守るためなら人ぐらい殺すよ、マジで、まあさすがに多分猫は殺さんとは思うけどさ、という私の言葉にほとんど耳を傾けず、スタジオの中には女の子が二人、なんかいびつな目をしたかわいい女の子と、菩薩みたいな顔をしたかわいい女の子がいた。二人ともなんだか妙に疲れた顔をしていて、ああ現代社会ってのは病んでるな、こんなにかわいい女の子がこんなに疲れた顔をしているなんて、と思っていたら美貴ちゃんはこっちが田中でこっちが道重とその女の子二人を紹介してくれた。どっちがどっちなのか良くわかんなかったけど、いびつな方がれいなですと名乗り、菩薩の方がさゆと呼んでくださいと名乗ったので「うん、よろしくね」と私も挨拶をした。年下の女の子に性的な興奮を覚えた。猫がれいなちゃんの足元でぐるぐるするので、これはいけない!とてもよくない!と思った。なんだかその光景は非常に淫靡な感じがしたのであって、それにも関わらずれいなちゃんは「かわいー」と言って猫を抱き上げると頬ずりをし、私はやっぱりその光景はよくない!と思い鼻血が出た。「名前、なんて言うんですか?あ、鼻血出てますけど大丈夫ですか?」「ああうん、これはあれだよ、涙、みたいな、そうだなあ、ひとみちゃんって呼んで」ボボボボとものすごい音がして振り向くと美貴ちゃんがベースを抱えてなんかやたらめったらに弾いているのだった。「ちょっと、美貴ちゃんうるさいんだけど、外でやってくんない?」「はあ?」「だからさ、そのベースの音うるさいからさ、外でやってよ、私れいなちゃんとさゆに話があるからさ」「練習始めるよ」美貴ちゃんの一声でれいなちゃんとさゆはそれぞれの持ち場に散り、れいなちゃんはドラムを、さゆはなにやらカバンからリコーダーのようなものを取り出していそいそとセッティングを始めるので、ああ現代社会というのはあまりに恐ろしいよ、人と人との繋がりを完全に忘れてしまって、コミュニケーション不能。意思伝達がブレイクダウンブレイクダウン。れいなちゃんのスティックさばきはかっこよく、さゆのリコーダーはなんだか変だ。まるで金管のように煌びやかであって、そして私の弾くギターはつまらないなあ。どうにもこうにもつまらないなあ、私はこんなにギターが下手だったっけか、例えるならば野に咲く花のように下手クソだ。そういえば猫はどこいった?と思えば、バスドラムの前でうずくまって、バスドラムのビートに合わせて毛がふぁさふぁさとたなびいていた。その耳がピクッピクッと動きつつしんなりと寝ていた。そのふぁさふぁさとたなびくリズムに合わせてベースは屁のようなガスガスした輪郭のない音でもって、男が女の腰にその腰を打ち付けるような強靭なビートをドラムと共に刻むのであって、ズッコンバッコンとまるで男と女のマグワイ、つまりセックスのような感じで、ガタピシガタピシと走り続けるリズムとビートがバンドにとっては背骨だか腰だかのようなもので、私のギターはほんのお飾り、例えるならば野に咲く花のようにただそこに乗っかればいいんだった。そうなのだった。私はギターを弾いて、美貴ちゃんがベースを弾いて、さゆがリコーダーを吹いて、れいなちゃんがドラムを叩き叩き歌った。I don't wanna be your lover babyとか叫んでギターをぐるりとしたらコーラが倒れた。美貴ちゃんが何か叫んだけどよく聞こえなかった。床を見ると一面おびただしく血濡れで、すわ何事か!心霊体験!と思ったらばそういえば私は鼻血を出していたんだった。