もう一度学校へ行ってきます

 日曜日の夜、ビールを買いに行こうと部屋の鍵を手に取ったところでケータイにメールがあり、「今大丈夫?」とご近所さん「今からビール買いに行こうと思ってたところです」と返信し、家を出て鍵をかけると、昼の陽気がまだやっぱりウソみたいに寒く、半パンであることを後悔し、それでも一応近くのセブンイレブンへ、ビールと氷結グレープのロング缶、ビールは黒ラベル、どういうわけか黒ラベルが一番美味いという思い込みがあり、たまにモルツを飲むとクリーミーかつ上品でこれも美味い、キリンは少し薄くて炭酸が効いていて、スーパードライはとにかくまずい、アルミ缶の溶け出した何か黄色くてヘンな臭いのする液体を飲んでる気がする、でも酒ならば酒なので、別になんだっていい、氷結は昔、歯がキシキシとしてまずくて嫌いだったのだけれども、ほのかな柑橘系の香りがどうやら上品で美味しい気がして、また他のチューハイに比べてどうも無骨なデザインがかっこいいと思う。帰り道「23時頃行くわ」とメールあり「お待ちしてます」と返信。
 ビールを飲みつつテレビを眺めて、なんだったか、多分何かのアニメを見ていて、ロザリオとバンパイアだったか、見るともなく見ていたのでほとんど覚えておらず、先輩の卒論、阿部公房の『密会』それの論文を読もうとしては挫けるということを繰り返している。卒論の装丁というものはどうも読みにくく、A4版でうすっぺらい硬い表紙の妙に権威ぶったあの装丁が気に食わないと常々思っていて、こんな読みにくい装丁が卒論なんとか言って威張ってるのが腹立たしい、嫌だ、本当に嫌だ、と思っていたらドアをコツコツと叩く音がし「開いてますよ」と言っても一向に入ってくる気配がないので、腰を上げてドアへ向かい、開けると飯田さんがコンビニ袋を持って「夜遅くに悪いね、どうも、いやしかし寒いね」と恐縮しながら肩を震わせるので、僕も「いえいえどうも、寂しかったですから嬉しかったです、連絡、寒いですね外は」と恐縮しつつねぎらい、飯田さんはサンダルを脱いで帽子を取ると部屋の奥までずいずいと入っていって、コンビニ袋から氷結グレープ味を取り出して「グラスグラス!」と妙に無邪気に机を叩くので、僕は冷凍庫を開けてキンキンに凍ったアサヒのビールジョッキを取り出して「はいどうぞ」、飯田さんは「これこれ、いいよねえキンキンに冷えたジョッキ」と目を輝かせて、氷結をそれに注ぎ「乾杯!」とジョッキを右手で持ち上げ、僕も「乾杯!」と半分ほど残ったキリンのビールジョッキを掲げた。
 少しくテレビを見ながら飲み、迷い猫オーバーランなどの萌え系のアニメに飯田さんは「意味が分からない」と不平不満を並べるので「僕は別にいいと思います、かわいいから」「アブネー奴だ」「あぶなくないです、現実のアイドルに熱を上げてる奴より全然マシだと思います」「じゃあどっちみちアブネー奴じゃん」「ああ、そうかもしれませんね、れいなちゃんれいなちゃん」飯田さんは携帯を取り出して「誰か呼ぼうか」と言うので「じゃあごっちん呼びましょうよ、どうせ暇でしょ」と言うと「ごっちんの電話番号知らないんだよね、メアドは知ってるんだけどさ」「ああ、僕知ってますよ」「んじゃ電話して」「いやでも俺から電話するとなるとなんか悪いから、飯田さん電話してください」と言ってごっちんの電話番号を飯田さんに渡して、飯田さんは「えー、めんどくさっ」と言いながら素直に自分の携帯でごっちんに電話した。ごっちんは出ないようで「出ないよ、知らない番号だから警戒してんじゃないの」と言ってパタンと携帯をたたむので「じゃあ僕が電話します」と電話したらやっぱり出なかった。「出ないですね」「出ないか」「まあ夜も遅いですし」「だよねえ」飯田さんは芋けんぴをぽりぽりと食べて、スウェットのケツでその指を軽く拭いた。
 27時、「じゃあ、おじゃましました」と言い、飯田さんは軽くテーブルの上を片付けるとすくっと立って「その前にトイレ借りるね」「どうぞ」飯田さんがトイレに入っている間、僕は目を閉じて、耳を澄まして飯田さんの小便の音とカラカラいうトイレットペーパーを巻き取る音をじっと聞いていた。ジャーと流れる音がして目を開けて、飯田さんがひょっこりこちらに顔を出したとこへ「結構我慢してましたね」と言うと「やっぱアブネー奴だ」と笑った。飯田さんは「ああやっぱり外は寒いねえ」と言いながら肩をすくめて帰っていき、僕はもうひと片付け、飯田さんの使ったジョッキの口の部分をちょっと見つめて、舐めてみたんだけれども、普通に氷結の味がして、なんだかなと思い、もう一度舐めてみるとほのかに俺の使っているのではないリップクリームの味がして、ああそうそうこれこれと思った。携帯に着信、後藤真希とあり、それを取ると「なーに?」と寝ぼけた声で「ああ、寝てたの?」「寝てたよ、当たり前じゃん」「ごめんごめん、さっきまで飯田さん居てさ」「かおりん?何?飲んでたの?」「そうそう、お暇ならばご一緒に、と思ったんだけどさ」「あー、でもいいや、めんどくさい」「いや、もう飯田さん帰ったからさ、いいんだけど」「そう?寂しいんじゃないの?」「寂しいけど」「一時間後でよければ行くけど」「あっ、ほんと?でもおれも眠いんだよね」「いーじゃん、私も寂しいからさ」「うん、分かった、お待ちしてます」「はーい、じゃあまた後で」「じゃあ後で」