雨上がりの夜空に

 雨は嫌いではないのだけど、中途半端な量がダラダラと降り続くのはよくない。一気にドバーッと短時間で降るのとか、一気にドバーッと長時間降り続くのがいい。雨が屋根にズゴゴーと当たる音が心底気持ちいい。そういう時に自転車に乗って外に出ると超楽しい。傘が折れても笑ってしまうような爽快なテンションになる。チョボチョボと申し訳無く降る雨は嫌いだ。ということで今日の雨も嫌いだ。
 今日も昼頃に起きる。やっぱり朝風呂を浴びると昼飯を食べて、ぼーっとテレビを見て、俺ってどうしようもなくニートだななどと思ってニヤニヤして、母上に「何かいいことがあったの?」とか言われて「お母さん、パイズリです」とか言ってみたりして、母上は「パイズリ?」と私に問い掛けて来たりして、私は思慮深げな顔で「そうです、パイズリです、例えばみのもんたのような」と言って、意味深長な笑顔を残して台所を去るとベッドにごろんと寝転がって「パイズリかー」とため息をついて、なんとなくれいなをイメージして、れいなのおっぱいで果たしてそのような行為が可能なのだろうかと考えてみるまでもなくそれは不可能であるからにして、「お願い、先っぽだけだから、先っぽだけ」のような、AVの常套句のようなことを口にしながら、れいなの乳首と乳首の間でコリコリとむみくちゃになっている自分を想像してみると、やりきれない悲しみが襲ってきて、意味も無く「あー、今日こそは記述模試の結果を取りにいかんとなー、あっ、テキスト配布もあるな、あーめんどくさいなー」と呟く。呟いたら呟いたで雨がパラパラと屋根にあたる音以外にそこには何も音が無くて、妙に寂しさというものが込み上げて来てしまうから、私はそっと涙を拭うと昨日TSUTAYAで借りてきたシャ乱QのベストのDisc2を掛ける。My Babe 君が眠るまで。イントロがなんとなくポリスだなあ、まあつんくちゃんはこういうの好きそうだしなあと思っていたら母上が部屋にやってきて「あんた、ご飯よ」というから、「さっき食べたよ」と言ったら「あれは朝ご飯」と力強い口調で言われてしまって、私は午後1時に2度目の昼食をとった。私はやはりいつか家族に食われるんではないかと思った。
 雨が止まないのでぼやーっと日本史の教科書をペラペラやっていたら、湿気のせいか紙がどうにも頼りなくふにゃふにやしていて、私は「おいおいそんなんだったられいなに笑われちゃうぞ」と思うのだけど、すぐにそういう風に下品な方向へ話を持っていく自分が嫌でしょうがなくて、深いため息をつくと日本史の教科書を閉じて、弦のサビまくったエレキギターをもってジャラーンと鳴らした。ギターもギターで湿気に参っているのか、なんとなくモヤーっとした感じでしか鳴らなくて、ああもう!どいつもこいつもイスパニアも!と感情を露にして、シャ乱Qのベストなんかは止めてしまって、ナンバーガールの記録シリーズの何枚目のディスクか知らないが、とにかく適当に取った奴を掛けて、流れて来た「日常に生きる少女」に合わせてギターを弾きながら、実は全然弾けていなかったりして、もう僕はスケールなんて概念は超越したんだ、僕はジミヘンドリックスだ、エディヘイゼルだと思っていたんだけれども、それもいい加減虚しいような気がしてきて、日常に生きる少女がなんだと言うんだ、奴等はセックスのことしか考えてないバカ野郎どもだ!あいつらは脳みそまでまんことちんこなんだ!と思って、でもまあ目は二つついてるよな、憎らしいことに、目はきっちりと二つ付いていやがる。バカじゃないのか。おまけにかわいいから困るんだ。だから私はあなたたちでたまにはそのようなこともしようかな、なんて思ったりもするのだけど、実際はそんなことせずにアダルトサイトに行ってつまらないサンプル動画を嬉々として落として、「電車痴漢か、たまんねーな、ざまーみろよ女子高生」とか思いながら激しく手淫をするわけなんだが、それがどうしたというんだ。
 午後3時。雨が止んだら模試の結果とテキストを取りに行こうと思っていたのに、なかなか止まないからいよいよ仕方なく出ることにした。そのために部屋着から余所行きの服へ着替えた。着替えながら「俺が身だしなみを整えたからといって何があるというんだ」と思った。そんなことを思いつつも鼻歌を歌いながら着替えた。そうでもしないと気が滅入ってしまう。着替えると一応鏡の前に立ってみた。私の部屋にある鏡は胸までしか映らない小さな鏡なのでトータルコーディネートも何もなく、無意識のうちにかっこいい顔をしてしまいながら、その顔になんだ俺も普通の顔をしているじゃないかと安心してしまっている自分がいて、違うこれはかっこいい顔なんだ、俺は無意識にかっこいい顔をしているんだ、と思ってもどうにもならないので、とにかく自転車のカギと携帯とカバンを持って家を出た。雨がボソボソと降っていて、実に不愉快だった。中途半端に濡れながら代ゼミに行った。代ゼミに着くと女の子の集団が何やら聞こえるような聞こえないような微妙なボリュームで、陰口とも悪口ともただの仲の良いじゃれ合いとも判別のつきかねる話をしていたので、それがまた酷く不愉快だった。
 まず模試の結果を返してもらった。隣で職員とまるで友達であるかのような口調でベラベラと喋っている奴がいて、私は結果を受け取るまでの僅かな間その職員とその青年とのやりとりを盗み聞きしたのだが、大まかに言ってこのような話をしていた。青年「夏期講習西谷取ろうかどうか迷っててー」職員「取れるんなら取っておいた方がいいよ」青年「いや、でも、予習が大変っていうかー」職員「やる気があればできるよ」青年「いやでも」職員「取っといた方がいいよ」青年「でも」職員「取っとけって」青年「で」職員「とっと」私はそのようなやりとりを横目に見ながら模試の結果を受け取ると、両手で丁寧に渡されたそれを乱雑にカバンに入れて「どうも」とだけ言って夏期講習のテキストの列に並んだ。並びながら「俺は現代社会に潜む深刻な問題を垣間見たんだ」としみじみと思った。多分あの青年の求めていた答えは「まあ無理しない方がいいんじゃない」という言葉だったんだろう。悩みを相談する奴は大概自分の中で答えは決まっていて、他人に悩みを打ち明けて、それに賛同してもらいたいだけ、ということを何かで聞いたが、その具体的な例をこの身でもって感じたのだなとも思った。そういうことをぼやぼやと考えていたらいつのまにか私の番になっていて、女の職員が早く受講証出せやボケみたいな顔でこちらを見ていたので、「すいません」と言いながらノロノロと受講証を出した。女は事務的に「はい」というと奥に入っていって、中でなんやかんやして、服装が乱れて出てきた。きっとこの女はセックスをしたんだと私は思って、少しその女を軽蔑する目で見ながら、なんとなく胸のふくらみなんかに視線を走らせもした。女は「それではテキストの確認をします」と言いながら、一々私の目を見て「ナンチャラ番、ナンチャラ番」とテキストに振られている番号を読み上げて行くのだけど、私はそのナンチャラ番の連続の中に、唐突に「おまんこ」って言わないかなという期待に駆られて、「はい以上です」と全てのテキスト番号を読み終わって、あーやれやれキモイ生徒の相手は大儀だなとか思ってそうなその女に「えっ」と声を発してみた。あわよくばもう一度全ての番号を読み上げてもらえるのではないかと思ったからそうしたのだが、その企みはもろくも崩れ去り、女は私の「えっ」を無視すると「教室割の紙を忘れずに持って帰ってください」と事務的に言い放って、向こうの方に有るコンテナを指差した。私はなんとなく悔しいのでまた「えっ」と言ってみた。今度は無視ではなくて本当に聞こえなかったのか「次の方」と高い声で半ば叫ぶようにして言った。私は悲しくなった。雨に濡れて少し乾き始めたTシャツが妙に臭った。テキストを乱雑にカバンの中に入れると、ビニールで防水した。ビニールがガサガサと鳴る音が妙に恥ずかしくて、そうだ口でガサガサ言ったら恥ずかしくないじゃんと思って、「ガサガサ」と小声で言ってみたらますます恥ずかしかったのですぐに止めた。もう半ばヤケクソで適当にテキストを詰めると急いで校舎の外に出た。まだ雨が降っていた。しょぼしょぼと雨が降っていたので、傘を差すと悲しみが増す気がして、私はもう傘なんか使わないという気持ちで、傘を持っているのに傘も差さずに帰った。帰る途中で急に雨の勢いが強くなって、こんなドシャ降りの中を傘も差さずに自転車を漕いでる俺って少しかっこいいという小学生のようなことを思いながら一生懸命自転車を漕いだ。俺はまるでバッドマンだった。
 家について玄関に立つと、びしょびしょの自分がとんでもないバカのように思えてきた。生乾きのTシャツが雨に濡れると、やっぱり結構臭った。サンダルまでも臭い始めていた。私は玄関先で半裸になると風呂へ行き、バスタオルを取ってきて玄関先で身体の各部を拭いたり、カバンを拭いたりしていた。奇跡的にテキストは濡れていなくて、それだけが今日の嬉しいことだった。Tシャツはともかくとしても、サンダルの臭いはなかなか深刻な臭いだったので、風呂に入るついでにサンダルを洗った。石鹸をつけてゴシゴシ洗っても、茶色い汁がこれでもかと出た。自分の肉体が恐ろしくなった。あまりにも茶色い汁が出つづけるので、これはサンダルがアプリオリに持っている色素が流出しているんだと思うことにして、石鹸を適当にシャワーで流すと、風呂から上がった。風呂から上がって部屋に帰って外を見ると、鳥がチュンチュンと鳴いていて、実に平和に晴れていた。なんだかドッと疲れが増した気がして、そのままベッドに倒れこんだ。ふと携帯を見ると勃起という名の埼玉ボーイからメールが入っていて、メールの内容はああ夏休み!的な内容だった。私もなんとなくああ夏休み!のような心境でメールを返信した。メールを返信してから、ぼんやりしていると3000円で出来る援助交際は無いものかなとふと思った。