BAND OF THE NIGHT

 夜のバンド。時計が21時を指すと猛烈にバンドがやりたくなって、ベースを持って家を出た。家を出るとののたんが居て、ののたんはスティックをプラプラさせていた。「ごめんごめん」と言うと、ののたんはこちらを振り向きもせずに「時間無いから早くいこ」と言って歩き始めた。私はポケットに入っているバイクのカギを握り締めると「うん」と言って、ののたんの後をついて歩いた。ののたんはミニスカにTシャツという格好をしていた。私が「いいねミニスカート」というと「私は別に好きで履いてるわけじゃないし」と真顔で言われたので困った。「似合ってるからいいじゃん」というとののたんは「そーう?」と言って眉毛を下げて笑った。泣き出しそうな変な笑顔だった。私が「嫌なの?ミニスカ」と訊くと「嫌じゃないけど、好きでもない」と言った。「じゃあ履かなきゃいいのに」「そういうわけにもいかないじゃん」「どうして?」「女性として」「何それ」「私フェミニストだから」「意味分かって言ってる?」「分かってるよ」「どういう意味?」「女らしい人って意味」私があきれて「バカだなぁののたんは」と言うと、ののたんは少し笑って「知ってる」と言った。ののたんはスティックをブラブラさせると、太ももを叩いたり、それで背中を掻いたりした。私が「はしたないな」と言うと、ののたんは「いーじゃん別に」と返した。「じゃあ脱いじゃえよ」「嫌だよ」「何で」「恥ずかしいじゃん」「別にいいんじゃなかったの?」「そりゃそう言ったけどさ」「じゃあ脱いじゃえよ」「はいはい、後でね」そう言って意味ありげにののたんは含み笑いをして、またスティックで背中を掻いた。ブラジャーのホックが透けて見えた。僕は赤面しながら勃起した。ののたんは「立っちゃった?」と言った。僕はそれに「立っちゃった」と返した。
 スタジオにつくとミキティが赤い顔をしてキーボードにもたれかかっていた。私が「おっすミキティ」と言うとミキティは酷い顔をして「遅いんだよバカ」と言った。アルコールの臭いがした。ののたんは顔をしかめて「ミキティまた飲んでんの?」と言い、ミキティは据わった目で「悪い?」と応えた。「別にいいけど、そんなんでギター弾けるの?」「弾けますさ、弾けます。むしろ酔った方がガンガンと弾けます」「へー」「信用してないな?見せてやるよ、ええ?コラ、見せてやるよバカ野郎」ミキティののたんにそう言うとテレキャスをもって「ぐいーん」と言いながらピロピロとハイフレットを弾いたが、アンプに繋いでいないのでペチペチプツプツと情けない音がするだけだった。私とののたんが顔を見合わせて笑ったので、ミキティは怒って「もう帰る」と言い出した。ののたんが「自分勝手」とボソッと言ったので、私はそれに被せるように「ミキティのギターが聴きたいんだよ俺は」と情熱的に言った。ミキティはブスッとした顔をしていたが、テレキャスにBOSSのディストーションを繋ぎ、マーシャルアンプのGAINを全開にした。耳に痛い音がした。私はリッケンバッカーベースのコピーモデルをフェンダーのバカみたいなアンプに突っ込むとボンボンと音を出した。篭ったような悪い音がしたが、形だけ満足してもう一度ボンボンとやった。ののたんはスネアの張りをやたらキツクチューニングしてパシンパシンと耳に痛い音を出した。私はふと思い出してケースからBOSSのベースオーバードライブを取り出して、ベースに繋いだ。ドライブを10、ゲインを3に合わせるのがいつものやり方だったが、今日はなんとなくドライブを3にしてゲインを10にしてみた。スカスカで芯が無いのに、やたら歪んだ音が出た。私はスカシッ屁のような音だなと思って、それが気に入った。ののたんは今度はバスドラのチューニングをしていた。ミキティは耳に痛いギターの音に一人で恍惚とした表情を浮かべていた。私は何をするでもなく、またボンボンとベースを弾いてニヤニヤした。結局23時までそんなことをしていると店の人から「すいません、もう店閉めますんで」と言われたので、それに3人で元気良く「はーい」と応えて5分で片付けをするとスタジオを出た。ミキティはスタジオを出るとすぐに自販機のワンカップで喉を潤した。ののたんはそれを侮蔑的な視線でもって眺めた。僕はその二人を微笑ましいと思ってみていた。ミキティは「じゃあまたね、バイバイ」と笑顔で手を振った。ののたんと僕はそれに「バイバイ」と手を振り返すと、手を繋いで帰った。帰り道の途中でコンビニによってコンドーム1箱とビールを2本買った。ののたんはコンドームを片手に「あのー、これ中身の一袋だけ売ってもらうということはできないんですかね」と店員に突っかかっていたが、店員は曖昧な笑顔で「それはちょっと無理ですね」と言った。僕はそれをドキドキしながら見ていた。ごっちんヤンジャンが何故かまだ置いてあったので、それは万引きした。家に帰るとビールを冷蔵庫に入れて、コンドームは救急箱の中に入れた。ののたんはウキウキした調子で「これで準備OKだね」と言い、僕は「それはそうかもしれんね」と言った。布団の中で二人で向かい合って鼻をかむとそのまま寝た。
 朝起きるとののたんが「おはよう」と言ったので、私も「おはよう」と返した。朝ご飯はののたんの作った目玉焼きだった。ののたんが言うことには「私の卵子が入っているわ」ということだったので、私は一心不乱にその目玉焼きを食べた。一粒、ののたん卵子を見つけたので「おい、ののたん、これが卵子かい、これが君の卵子かい」と鼻息を荒くして尋ねると「それは蚊の目玉です」と冷たく言われた。私は「そうかい、まあそうだと思ったよ」と言って、残りの目玉焼きを食べた。続いて出てきたのは蚊の目玉のスープだった。ののたんはまた「この中のどこかに私の卵子が入っているわ」と言ったので、僕はその蚊の目玉を一粒ずつ箸でつまんでは「これが君の卵子か?」と尋ね、ののたんは「いいえ違います、それは蚊の目玉です」という返事をした。最後の一粒までそうやって食べ終えると、もう昼下がりだった。ののたんは無表情で皿を片付けた。私は「いやなんていうか、ののたんは悪女だね」と笑いながら言った。ののたんは不機嫌そうな顔をして「だから何?」と言った。僕はふと昨日のバンドの練習とコンドームとビールのことを思い出して「楽しかったね」と言った。ののたんはミニスカートを履いていた。僕はラメのパンタロンが入らなくなった。ののたんはピチピチになったパンタロンを見て笑う。それは青い実を食べたからだよ。