ピースライト

 学生街の喫茶店。僕はレポートをせこせこと書きつつ、時折ああもういやんなった、死にたいと思いながらピースライトを吸っていた。アイスコーヒーと水を交互に飲んだ。そこに後藤真希が現れ、僕の席の隣に座った。化粧っ気のない、ほとんどすっぴんかと思われるその面持ちで、ごっちんはアイスカフェラテを頼んだ。ごっちんは足を組んだ。その足には健康サンダルを履いていた。パーカーのフードを無造作に外すと、運ばれてきた水をまず一口飲んで、タバコに火をつけた。横目でチラリと見るとごっちんマルボロウルトラライトメンソールを吸っていた。アイスカフェラテが運ばれてきて、ごっちんはそれにストローを刺して、くるくるとかき混ぜて、飲むのかな、と思ったら別に飲まずに携帯を開いてものすごい気だるそうにメールを打っていた。
 メールを打ち終わるとごっちんはふと僕の方を向いて、僕のタバコを手にとって「美味しいの?これ」と言った。僕はちょっとびっくりしたけども「うんまいよ」と答えた。ごっちんは「うんまいかあ」と言って一本取り火をつけた。「ちょうだいとかなんとか一言いってよ」と言うと「もらうね、ありがとう、おいしいねえ」と言って髪を掻き分け掻き分けふた吸いぐらいしてすぐに火を消した。「おいしいんじゃなかったの?」と尋ねると「おいしいよ、でもちょっとキツイからいいや」「ライトだよ」「ピースライトだもんねえ」「身に余る軽さだよ」「身に余る軽さの平和なんだよねえ」「そうなんだよねえ」ごっちんマルボロウルトラライトメンソールに火をつけて「やっぱりこっちの方が落ち着くな」と言って、でも僕はあんまりメンソールの匂いというのが好きじゃないので「僕はやっぱりピースの匂いの方が好きだなあ」と言うと、ごっちんはくしゃっと笑って「別にタバコなんておいしさ求めて吸ってるわけじゃないもん」「じゃあなんで吸ってるの?」「なんでだろうねえ、煙が出ればいいんだ、ごとーは」「じゃあなんだって良くない?」「なんだっていいんだけど、なるべくどうでもいい味でどうでもいい匂いのタバコの方が、もうどうだっていいじゃん色々」と言って、空箱をねじって灰皿に投げつけた。それを見て、僕はごっちんのことがとても好きなんだなということに気がついて、ごっちんがふた吸いぐらいして捨ててしまったピースライトを拾い上げ、丁寧に伸ばすと火をつけた。吸い口がちょっと濡れていた。ごっちんが「貧乏性だねえ」と言うので「別にそういうわけじゃないよ」と答えて、ちょっと湿っぽい、リップクリームっぽい香りのするその煙を胸いっぱいに吸い込んだ。くらくらした。ごっちんは今度こそアイスカフェラテを持ち上げて、ストローに口をつけて、それを飲んだ。グラスの氷がカランと鳴った。レポートは諦めた。