一つ目

 ふと気付くと女の部屋に居た。ベッドの上でごろごろしていた。布団や枕からはシャンプーの優しい匂いがした。シャワーの音が止み、バスタオルを巻いた女が出てきた。「久しぶりだね」と言った彼女は、どうみても酒井若菜だったので、久しぶりも何も、初めましてですし、中学生の頃からファンでした。言おうとして、いや、昔、10年ぐらい前に、まだ中学生の頃、ぼくは度々彼女の家にお邪魔していたではないか、ということを思い出した。ので、「お久しぶりです。相変わらずかわいいですね」と言った。酒井若菜は「もう31だから」とか何とか言いながら、髪を拭いた。ダルビッシュ有酒井若菜の背後からのっそりと現れ「いくつになってもかわいいですよ」と言った。彼の顔は実にセイカンであり、酒井若菜も僕も、思わずうっとりと見つめた。ダルビッシュ有とぼくとは幼馴染で、彼と一緒によく彼女の家に遊びに来ていたのだった。酒井若菜は「二人とも立派になって」と、まるでおばあちゃんのようなことを言った。確かにダルビッシュ有は立派だが、ぼくはちっとも立派ではなかった。服がボロボロだったし、何故か牧草のようなもので汚れていた。ベッドの上は枯れ草まみれになっていた。ダルビッシュ有がそれを目ざとく見つけ「お前はデリカシーがない」というようなことを厳しい口調で言った。私はそれが大変悔しく、泣きそうになったので、「おらおら、片付けろよ」と言って、布団をバサバサとやった。部屋の中に枯れ草が舞い上がり、馬糞のような匂いが充満した。酒井若菜はそれを見ると笑って、「二人とも、何にも変わってないね」と言った。バスタオルから、鈍い色の乳首が覗いていた。