二つ目

 姿見の前で何度も服を着替えながら、今年の帰省が楽しみだ、と考えていた。家を出ると夜で、目の前に広がるのは複雑に入り組んだ袋小路だった。どう進めば良いのかは、なんとなく分かっていたから、足が進むのにまかせててくてく歩いた。しばらく進むと前方に見慣れた男女を見かけた。女の話し声が漏れ聞こえてきた。「私ほんとうにあの人のことが好きで」と泣きそうな声で言った。男はそれに「で、どうするの」と訊いた。「アタックする」「年末がチャンスだな」「そうだよね、年末だよね」「どうするの?」「私があの人を車で広島まで送ってあげるの」「へえ」女の言う"あの人"が私のことであるのは、前から何となく分かっていた。まったく、このところおれはモテてモテてしょうがないなあと思った。
 男女は左へ曲がった。そこから先、地面は舗装されておらず、砂利になっていた。私はそこを一旦通り過ぎたのだが、目的地へ向かうには、その砂利の道を通らなくてはいけないのだった。戻って、砂利の道へ入った。男女はもう目の届く範囲にはいなかったから、少し安心した。
 場面が変わった。薄暗い倉庫のようなところに居て、私は身を屈めてわらじを編んでいた。そこに先の女が「久しぶり」と言いながら近寄ってきた。女の顔は少し小池唯に似ていた。こじはるに似ているような気もした。いや、飯田圭織に似ているような気もした。いずれにせよ暗くてよく分からなかった。「いつ帰省するの?」と女が言った。「年末」と応えた。「新幹線?」「新幹線だよ」「送っていこうか? 車で」「え、なんで、時間かかるし、いいよ、悪いから」「ああ、そう、ならいいよ」女はすぐに泣いた。モテるってのは辛いことだ、思って、わらじを編む手が震えた。